今日夜9時から再放送「ヒロシマ」を見ました。
まず、見ていてとても苦しかった。
広島と長崎に原爆が投下されたのは学校で勉強したし、修学旅行で行ったりもしたけれど、やっぱり見慣れるもんじゃない。原爆投下後の再現VTRは、すごかった。まわりが火の海で、足元には数えきれない程の人が横たわっていて…。みんな、全身真っ黒で。息のある人も、皮膚がたれさがって必死に水を求めている。
原爆投下は必要だったのか?そもそもなぜ原爆が開発されたのか?「ヒロシマ」を見ていて、その謎が解けた気がします。原爆はもともと、日本へ投下するために開発されたのではない。本当の目的は、ドイツのヒトラーに核を手に入れさせるのを防ぐためだった。この頃ドイツではユダヤ人狩りが行われていた。何人もの命が消えた。そして、核について研究していたのもユダヤ人科学者だった。ヒトラーの勢力をこれ以上広めないためにも、核を開発する必要があった。そして、アメリカは極秘プロジェクトとして秘かに進めていたのである。
しかし、核開発が進むにつれて開発に携わっていた科学者たちの中で「反対派」の人々が出てきた。その中には、「日本の天皇制を保障さえすれば、終戦に近づきます」と言う者もいた。反対派の人々は、大統領と謁見したり、反対派150人の科学者の署名をとったりして抗議をしたが、結局それはたらい回しになってしまった。そして核開発も最終段階に入る。ついに核爆弾の威力を試す時がきたのだ。実験は大成功だった。核実験の成功で、大統領もしだいに核爆弾投下へ気持ちが傾いていった。一方日本では、戦う姿勢を見せてはいたものの、実は昭和天皇自ら「終戦について」を口に出したというのだ。昭和天皇は、民間人の苦しむ姿を見ていられなくなり、終戦という選択はどうだと、まわりの内閣総理大臣ら政府の人間に提案した。内閣総理大臣はその提案を聞き、ソ連の協力を得てはどうかと言った。この頃日本はソ連と和平条約を結んでいたため、ソ連の力を借りようとしたのだ。が、しかしソ連の大統領は日本と条約を交わしていたにも関わらず、アメリカと新たに条約を結んでいたのだった。そして日本は、終戦にするか否かをソ連に託したが、それは叶わなかったのである。
ポーツマス条約が公布される。しかし、そのなかには削除されたものがある。幻の12条だった。ポーツマス条約は、核投下反対派の者たちが中心になって作られた物だそうだが、12条の中には「天皇制の保障」なども入っていたそうだ。そして日本はポーツマス条約を黙殺し、ついに原爆投下という恐ろしい悲劇が起こってしまうのである。
原爆投下を止めることはできなかったのだろうか?それはあったのです。原爆が広島、長崎に投下されるまでにいろいろなことがありました。しかし、テレビでも言っていたように「ひとつの選択が大きな分かれ道になる」のです。もしも反対派の意見に耳を傾けていたら…もしもソ連に託さなかったら…。国の運命を変えてしまうような、とても重い選択肢を選び続け、それは原爆投下という結果になってしまった。もしそこで違う選択肢を選んだのならば、あのような悲劇は起こらずに済んだのかもしれない。でも、戦争に「もしも」はないのだ、とテレビは言っていました。
番組後半には、核開発に携わった科学者のアメリカ人男性が、実際に広島を訪れるというものがありました。そこで、原爆の被害について展示してある博物館へ行き、原爆の悲惨さを見ていました。始め、自分たちの作った「リトル・ボーイ」という名の原子爆弾の模型を見て「これを私たちが作ったんだよ。自分の名前を書いたよ」と半ば興奮気味に語っていましたが、原爆投下後の広島を見るたびにだんだんと表情が変わっていきました。原爆投下直後の写真や、皮膚が垂れ下がり血にまみれて歩いている人の模型を見て、「ひどい話だ…」と、何度もつぶやいていました。最後に被爆者の方たちと対談する場面があったのですが、やはりなかなか分かり合えないものなのですね。被爆者の方は、自分たちの体験したことを話して、やはり核を投下してこんなにも人々を苦しめたということを誤ってほしいと訴えたのですが、アメリカ人の男性は「私は謝罪しない。謝るのは彼のほうだ」「こんな言葉を知ってるか?真珠湾を忘れるな」などと、謝る気はないことを示しました。彼もまた、真珠湾攻撃でたくさんの友人をなくしたんだと語っていました。
なんだかとてつもなく長くなってしまいましたが、この思いが冷めないうちに書いておこうと思って、書いてみました。うまく言えないけれど、本当に二度とこんな悲劇を起こしてほしくないと願っています。戦争なんて無意味なこと、やめようよ。今でも核保有国はあるそうですね。北朝鮮なんかもそうらしいですが、なんだか急に心配になってきましたorz
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